平将門のお墓の祟り

東京オリンピックが行われますが、平将門の首塚は何もしないようです。

将門の首塚を粗末にすると将門の怨霊によって悪いことが起きると伝えられ、

科学万能の時代でもある20世紀にも数々の不思議な事件が起きていますので、以下に紹介します。

・1923年(大正12年)

関東大震災で大手町一帯は瓦礫の山になりました。そこで国は首塚を取り壊し土地を整理し、大蔵省を立てました。
ところがそれ以来、大蔵省で役人に病人が続出し、大蔵大臣はじめ幹部14人が相次いで亡くなりました。
そのことから将門の怨霊の噂が広まり、事態を重く見た大蔵省は、建てたばかりの庁舎の一部を泣く泣く取り壊しました。そうして首塚は復活しています。

・1940年(昭和15年)6月

雷による火災で大蔵省の庁舎が全焼しました。(6月21日付朝日新聞朝刊に掲載)「首塚をおろそかにしているから」という声が再びあがり、
大蔵省は再び将門のためのイベントを企画。塚に古跡保存碑を建立しています。

・1945年(昭和20年)

日本に進駐してきた米軍がそんなイワクつきの土地とは知らず、首塚の周辺を駐車場にしようと計画。
この年の暮れに工事を開始します。すると作業中のブルドーザーが突然ひっくり返り、死人まで出る大騒ぎになりました。
そこで地元の人がマッカーサー司令部に出向き、将門の怨霊の話をします。
米軍も恐れをなしたのか、日本の精神文化に敬意を表したのか、塚の撤去は中止されました。

その後、高度成長時代、国が首塚の周囲のごく一部だけを残して、土地を金融機関に売却しました。
塚の参道の土地には日本長期信用銀行が建てられました。すると塚に面した部屋の行員が次々と病気にかかるという異常事態が発生。
そこでまた祟りの噂が広まり、長銀は神田明神の神官を呼んで、盛大にお祓いをしました。
これで行員のナゾの発病は収まりましたが、2000年(平成12年)には長銀そのものが破綻してしまったのです。

現在では隣接するビルは首塚を見下ろすことがないよう窓は設けていないとか、それらのビルは首塚に対して管理職などが尻を向けないように特殊な机の配置を行っているといいます。

怖いですね……。

そこの場所だけはそのままがいいのでしょう。

きちんと供養をしてあげたら………………。
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【2015/12/04 08:00】 | 未分類
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